寝たい男[寝れない男2/4]

屋敷に詐欺師が来た。坊主の皮を被った詐欺師だ。
里芋を五、六個抱えて裏口から入ってきた。芋は大方、町で人を誑かして貢いでもらったのだろう。霧隠才蔵は物陰から詐欺師を目で追っていった。
厨に入っていったが、すぐ出てきた。男衆の部屋から枕を持ち出して戻っていく。その行動理由にも察しがついている。台所で楓という女中が縫い物をしながらうたた寝しているからだ。
今頃詐欺師は楓を横に寝かせ、その寝顔を堪能してるに違いない。あの詐欺師は女が好きだ。

部外者の侵入を許して好き勝手させてるのもどうかと思いつつ、屋敷の主人が許しているので才蔵も黙認していた。だからといって無視できる性分や立場ではない。己は忍びである。
才蔵は娘の寝顔に見惚れる詐欺師の背後に立った。しばらくしても気がつかないものだから、わざとらしく床を鳴らす。詐欺師はハッと我に返り、振り返りつつ、
「まだ何もしてないよ!」
と弁明した。疑っていなかったが、その言い訳に下心が見え隠れしていて余計に怪しい。しかし相手の顔を見る前に詐欺師は口を開いていた。あの一瞬で背後の人物が誰なのかを勘付いたのは大したものだ。才蔵は感心した。

詐欺師の名は伊佐と言う。石川五右衛門が、失踪した才蔵の行方を追うために派遣した野生の忍びだ。法師の服を纏い、市井を渡り合いて説法紛いの綺麗事をうたいながら、依頼された物を捜索する”探し屋”である。実際に本人は寺で修行を積んでいたので間違いなく「坊主」なのだが、肉は食う、酒は飲む、女は抱くなど、教えから反していそうなことを繰り返している。だから詐欺師だと、才蔵は思っている。
五右衛門が死んでからはこの屋敷にて顔を合わせることが増えた。伊佐の方は友好的だが、才蔵は警戒が解けない。五右衛門生前は自分を探すために屋敷を出入りして、雇い主の息子である海野六郎や、既知だった由利鎌之介から自分の話を聞き出していた。まだ訪ねて来るということは、今もこの屋敷から出てくる情報が”捜し者”に必要なのだろう。易々と情報が盗まれるのも、忍びとして癪である。

「寝かせたところ悪いが、その姉ちゃんは夕餉の支度の時間だ。」
才蔵は言った。伊佐は悲しそうな顔をした。
「起こしちゃうの?こんなに気持ちよさそうに寝てるのに……悪いと思わないのかい?」
「思わない。職務を全うできず後から責任を感じる方が気の毒だ。」
「みんながみんな、才蔵みたいに仕事人間じゃないんだよ。」
「だが、その姉ちゃんは”仕事人間こっち“側の人間だ。」
「こんなに可愛いのに。無体な…!」
悲壮感を漂わせながら伊佐は才蔵の前に立ちはだかった。才蔵は伊佐を見上げた。自分よりも背が高い。体格もいい。単純な腕力は及びそうにない。着物の隙間から見える怪我は、綺麗事を嘯いてるだけにしては多すぎる。争うとなれば一筋縄ではいかない。
しかも情に訴える行動をとる。自分だったら取らない手段だ。だからこそ、油断ならないのだ。

しかし、その意固地は長く続かなかった。伊佐には才蔵の話も理解るのだ。彼女の仕事に過失があれば、たとえ周りの人が許そうとも、彼女自身が許せない性格だとも知っている。明るい娘だから明日には元気を取り戻すだろうが、今晩の寝つきは確実に悪くなるだろう。
よし、と小さな気合を入れると伊佐は取引をしてきた。
「俺が夕飯を作る。」
その代わり、楓は起こさないで欲しいと頼まれた。才蔵は伊佐の好きにさせることにした。

米を釜戸にかけ、元から楓が用意していた食材を切っては鍋に入れる。勿論持参した里芋もその中に放り込む。大雑把だが手際は悪くない。上手と褒めるほどではないが、不味そうにも見えない。食べられるものになりそうだった。
「見てるだけなら手伝ってくれても良いんだよ?」
伊佐は才蔵に言った。お前が勝手に始めたんだろうが、と才蔵は内心で悪態を吐いた。
「今日は非番なんでね。」
「仕事人間は休みに対しても真面目なんだね。」
「身の回りの世話役である楓に休みなどない。」
楓は自分達忍びや奉公人を中心に屋敷内の食事や洗濯など、身の回りのことをほとんど担っている。世話を焼く相手が生きている限り、休みなどない。
百姓も然りだ。耕作は常に自然との共存である。この国で生きている人間の大半が、休みなしで生きている。
「組織勤めの忍者はいいご身分だ。」
各地を渡り歩いて裏家業をしてた頃はその日暮らしで、休んでなどいられなかった。それが今、こうして非番を持て余している。
伊佐は才蔵の発言に少し驚いた様子を見せたが、注視するのは悪いと思ったのか、直ぐに視線を手元の食材に戻した。一息置いて、伊佐は才蔵の名を呼び、言った。
「誰に何言われたか知らないけれど、だからって君は自分に嘘をつくことはしないだろう?」
そして、少しだけ顔を才蔵に向けて微笑んだ。
「俺はね、忍術使いとしての道を貫く才蔵がすごいなと思ってるよ。」
これ以降、伊佐は話しかけてこなかった。

才蔵は少し愚痴をこぼしただけで、慰められてしまった。しかも”誰かに何か言われた”ことまで見通されてしまった。だからこの詐欺師は油断ならないのだ。

楓は料理が完成して、他の仲間が戻ってきた頃に目を覚ました。その日の夕食は伊佐も同席し、日も暮れたからと屋敷に泊まることになった。皆が寝静まる頃合いになっても、楓は日暮れ近くまで寝ていたために目が冴えていた。しばらくの間は起きていた伊佐と雑談をしていたが、そのうちに楓は眠ってしまった。
伊佐の肩を借りて寝息を立てる楓の頭を、詐欺師は優しく撫でる。
「何もしていないよ。」
伊佐は才蔵に小声で言った。楓が途中で寝てしまうだろうと想定していた才蔵は、少し離れた物陰で待機してた。
「雇い主の大事なご令嬢だ、よそ者に運ばせるわけにはいかない。」
「別に何もしないよ。こんなに気持ちよさそうに寝ているんだ。起こすようなことはしない。」
伊佐は才蔵が近づくと、楓からゆっくりと手を離した。
「アンタは寝ないのか?」
才蔵は聞いた。その問いに、伊佐は答えなかった。
答えなくても知っている。この男は眠りたくても眠れないのだ。夜に徘徊する姿を何度も目撃している。才蔵も毎晩確認している訳ではないが、夜に出歩いているのが確認出来ない日は必ず、茶屋や遊郭で盃か女が添い寝をしている。この男は自分で自分にまじないをかけ、自分自身を騙さなければ寝れないのだ。だから寝ている者を、必死で庇い続けたのだ。
「おすすめならある。」
才蔵は言った。
「日向で犬を抱いて寝ることだ。」
詐欺師と仲良くするつもりはないが、黙って立ち去ることは出来なかった。これだから腑抜けと呼ばれてしまうのだ。だが、忍術は人のために使う術。真っ当な人でなければ人の為に忍術は使えない。忍びは人間である。それが、自分が信じた忍びの道である。人を捨てるつもりはない。
伊佐は気を遣われたのが嬉しかったのか、かすかに微笑んだ。
「良ければ、長い夜のいい夢の見方も教えて欲しいね。」
その要望は応えられなかった。才蔵も、夜はまともに寝ていないのだ。