序章

虎は死して皮を残し、人は死して名を残す。勇将の下に弱卒無し。大坂夏の陣にて武名を残し真田幸村には、十勇士と呼ばれる十人の傑物があった。

その名も真田十勇士と呼ばれる勇士たち。彼らは史実に名を残す者たちにあらず。江戸時代より語り継がれ、大正時代に講談の世界に舞い降りた、創作上のキャラクターでございます。どのくらい作り話かと申しますと、ニチアサのスーパー戦隊シリーズくらい架空のお話。しかし作り話で歴史に存在せずとも、お話を聞いた時点で皆様方の中には存在することになるのであります。そうして語り継がれた真田十勇士の物語、今一度御付き合いくださいませ。

さてまずは真田十勇士とはと紹介したいところではありますが、文明が発達した現在、インターネットで検索すれば、日本語が読めればある程度知ることができましょう。故に割愛するといたしまして、いきなりですが物語を始めさせて戴きます。

時は慶長四年、関ヶ原の合戦が起こる前年の、年明け早々の頃だった。この頃はすでに時の天下人豊臣秀吉が、死んで半年経っており、大名たちはすでに西軍の豊臣派か、東軍の徳川派に分かれ始めている。さて突然関ヶ原の戦いやら西軍東軍やら話し始めても、歴史が苦手な方は「はて?」と早くもついてこれないかもしれませんが、先も申した通り、現代はインターネットという便利な文明がございます。詳細は各々調べていただくことにして、今回はそれよりも一年前の話であるから、説明ものこの辺りにして続けることとします。

この日、真田幸村は近侍の海野六郎と望月六郎を連れて義父である大谷刑部少輔吉継の伏見屋敷を訪ねていた。

この大谷刑部、病を患っており床に臥せがちで、若い頃は戦場に立ち太閤秀吉を支えていたが、朝鮮での戦から帰ったのち、病状が悪化し政から表向き遠ざかっていた。幸村は非常に温厚で優しい性格であったから、嫁の父である大谷刑部の身を心の底から案じていた。

幸「義父上、具合はどうですか」大「うむ、病状は未だ回復しないが、今日は天気が良いから些か楽である。しかしこれほど天気が良く体の具合も落ち着いているのに、心が全く晴れる様子がない」幸「何か気がかりなことがあるのですか」

聞いてくれと言わんばかりに、わざとらしく話を振るものだから、幸村も気がつかないふりをするわけにはいかない。

大「石田治部のことよ」幸「石田治部少輔三成殿でございますか」大「そう、その石田治部は自分にも他人にも厳しく、どうも嫌われやすく敵を作りやすい。その上最近は、台頭し始めた徳川家康に敵対心をあらわにするものだから、徳川寄りの者からの反感も強い。挙句に暗殺計画まで持ち上がってしまっている、俺は昔から石田治部に良くしてもらっているし、才覚は本物であるから、太閤が亡くなって間もない今、失うには実に惜しい男だと思っている。どうにかして助けてやりたいのだ」

大谷刑部はつらつらと不安を口から漏らした。はっきりと言わなかったが、これは暗に石田治部中心の豊臣西軍に与力し、遠回しに暗殺計画阻止の協力を仰いでいる。それを聞いた幸村、少し考え

幸「父安房守に相談させてください」

とだけ答え、この日は大谷屋敷を後にした。

その会話を幸村の後ろで聞いていた海野六郎、真田屋敷に戻ってから望月六郎にこっそりと聞いてみた。

海「もしかして、大変なことになっている?」望「大変っつーか、なるようになっただけだな」海「もしかして戦になるの?」望「なるだろな、むしろ治部が暗殺されたら戦は起こらないかもしれない」

海野六郎、この時弱冠18歳。信濃の山奥で限られた村人たちだけの小さなコミュニティで育ち、運良く戦火も免れてきたため、戦の経験が全くない。望月も22歳とさほど変わらぬ歳ではあるが、まだ歳が1桁の頃より幸村に仕えており、戦場には立っていないものの、小田原征伐の時代を人の世界で体験しており、戦の空気感というものは海野よりも感じ取れていた。海野は体験したことない時の流れに、どうも落ち着かずオロオロしている。

海「幸村様は刑部様の頼みを受け入れるのかな?」望「断りはしないだろ、しかし完全に派閥争いだ。父上である安房守昌幸様は主君を繰り返し替えてお家を守ってきた。今回の派閥争いも下手をすれば真田が滅ぶことに繋がりかねない。今後時代がどうなるか見通せない今、すぐにどちらかの派閥に与するとかはしないだろう。しかし刑部の折り入っての頼みだ、幸村様は無下にはできない。バレないように協力するんじゃないか?」

それを聞いて海野はますます落ち着かなくなった。数年前までは山でのんびり過ごしていたのに、気がつけば大都会の畿内で武家奉公するようになり、時代を動かす戦がかかった大事件の中心に巻き込まれている。責任重大のこの一大事を目の前に、動悸がおさまらず夜も寝れない…と言いたいところだが、海野は存外肝が座っていたので夜はしっかり寝るタイプだった。ただそういう日々を繰り返している間に刻々と時は過ぎていき、心の準備が全くできていないのに、アッという間にそのXデーが訪れる。ご存知の人もいるでしょう、権大納言前田利家が病死した3月3日の夜でございます。

何故前田利家の死がXデーかと申せば、調べればわかると言いたいところ、物語に深く関わりますため、これだけは少し説明させていただきます。

先程は豊臣西軍と徳川東軍の二つの派閥を分けましたが、これは真田の物語のクライマックスである大坂夏の陣までの尺を考えた際、その2組に分けきってしまうのが、至って単純で分かりやすいという理由だけでございまして、今回は石田治部少輔三成と、三成を良しとしない反三成グループが深く関わるひと騒動。石田三成はご存知西軍の人間ですが、反三成はこの段階では一言で徳川派罰とは申しにくい。なぜなら豊臣に恩ある大名で、徳川に臣従しているわけではない者もいたからでございます。あくまで豊臣に仕える立場をとる点は、石田三成と変わりはございませんが、大谷刑部が言ったように、石田三成はとにかく敵が多かった。敵対する理由は挙げればキリがなく、複雑な事情も数知れず、大谷刑部が心配するほど、彼はとにかく嫌われていたのです。

そして、この石田三成と反三成勢が今にも喧嘩しようとしていたのを抑えていたのが他ならぬ前田利家公だった。

だが利家公は死んでしまった。この機に乗じて反三成チームが動きを見せると察した石田治部は、今いる大坂屋敷から伏見に移動する事にした。暗殺計画はその移動を狙って実行されると幸村は読んでいた。

真田の勇士達はとある大坂の長屋に集められ、いそいそと支度をしている。そこに幸村の姿はいない。彼は真田左衛門佐信繁であり、歴史に名を残す表の人間、此度の作戦は父安房守昌幸にも内緒ですから、自ら動くわけには参りません。

集められた中にはもちろん海野六郎もいる。一大事件を目前に、緊張に耐えきれず大きなため息をついついていた。

海「はぁ〜〜」◻︎「浮かない顔をしているな」

声をかけたのは霧隠才蔵だ。

海「責任重大な気がして…才蔵はなんだか嬉しそうだね」霧「当然、要人警護なんてたぎるじゃねぇか、絶対治部を死なせやしない」海「でも治部が無事だと戦になるかもしれないんだよ?」霧「気にしたって戦が起こる時は戦になるもんだ」海「それはそうだけど、ちょっと怖いというか、この俺が歴史的な出来事の渦中にいるのが不思議というか…」

海野は初めての感覚を懸命に言葉にしようと努めた。それを聞いた霧隠才蔵、若い青年の初々しさに思わず笑みが溢れる。

霧「そうだな、渦中にいるのかも知れない。俺たちは今回の事件に深く関わる。だが俺はその出来事に存在しないことになる」海「なんで?」霧「忍者だからだ!」

霧隠才蔵胸を張る。堂々とし過ぎたその姿に、海野は空いた口が塞がらない。ポカンとした海野を気にせず、霧隠講釈を続ける。

霧「いいか、お前が今言った歴史とは、人の記録に残ったものだ。忍者は隠密部隊である、そんなものに残る忍者は三流だ。俺たちは残ることはない、俺がさせない」海「さすが、才蔵は一流忍者だね」

余裕で楽しそうな霧隠を前に、つられて海野も笑みが見え隠れする。いつもの海野が垣間見れ、許容が確保出来た隙に霧隠、

霧「その落ち着かない状態を武者振るいというんだ」

と教えてやった。

霧「まさしく渦中にいるのさ、お前という歴史のな」海「才蔵って恥ずかしいこと平気で言うよね」霧「恥ずかしがってたら格好悪いだろう!せいぜい楽しめ、お前の分岐点だ」

その会話が終わると同時に、最終確認の場が設けられ、一同顔を付き合わせた。勇士達がズラリと並ぶ。

その場を仕切ったのは望月六郎だ。今回の概要を一気に話しますゆえ、漏らさずお聞き頂きたい。

望「今回の任務は石田治部少暗殺阻止だ。大坂の反三成は前田公が亡くなった今、治部を糾弾するため明日にでも伏見に集まるだろう。今夜のうちから動くと思われる。その人の出入りが増すのを狙って、暗殺が行われると言うのが幸村様の読みだ。だが厄介なことに暗殺首謀者が突き止められていない。そこで俺らは2組に分かれて行動する。俺と才蔵と新左は治部班、治部に協力をしている佐竹の連中に混じり、護衛しつつ大坂を脱出する。その他は大坂班、追ってくるだろう暗殺連中や反三成の大名の警戒だ。統率は大坂班が小介、治部班は俺がする。細かいことは各自で判断だ、わかったな」

望月の説明に一同静かに頷いた。

大坂班の由利鎌之助、

由「治部を追う奴は片っ端から足止めしていいのね?」

要約して再確認する。望月そうだと軽く返して軍議も終わろうとしたところ、

◻︎「大きな任務でせっかくみんなが集まったんだ、意気込みがてら掛け声が欲しいなぁ」

とお祭りのようにはしゃいでいるのは猿飛佐助だ。隠密の作戦であるぞと穴山小介は注意するが、猿飛聞かずに駄々をこねる。

手もつけられなくなった穴山、観念して六文銭を取り出し、銭をまとめた紐を釘に巻き付け、それを床に打ちつけた。

謎の行動に流石の猿飛駄々を辞める。穴山元より無駄口が少ない人間、その行いに説明はなく、望月見かねて補足に入った。

望「俺と小介が人に言えない仕事をする際に、願掛けでやってることだ。
死んでしまったら動くことさえ叶わない。隠密の仕事の最中に、息絶え死体を見つけられては、あらゆる憶測が飛び交うに違いない。死人に口無し、たとえ自分の秘密は保持されようが、生まれた憶測が噂となり、いずれはそれが真実となる。事実と異なったとしても、新たな情報や物語の存在は死んでは消せない。死して隠密は果たされるわけがないってことよ。
ならばこの三途の川の渡り賃、不要であるから置いていくってことさ」

そう言って望月、自らも六文銭を出し釘で床に打ちつける。ついでに説明しますとこの六文銭、真田家の家紋でもあり、幸村は懇意にしている部下には必ず持たせていた物である。

理由を聞いた霧隠才蔵、

霧「同感だ、鷺は立ちての跡を濁さずってな」

と同じく六文銭を打ちつける。

猿「確かに後始末は面倒だ、死なないに越したことはない」

猿飛佐助も六文銭を取り出し目の前に積み上げた。

由「いいんじゃない?これ持ってるの、こそばゆかったし」

由利鎌之助も賛同し、

◻︎「倣いましょう、私も成さねばならぬ事があります」

寡黙で今まで口を割らなかった筧十蔵も、穴山望月に続いた。

最年長の深谷新左衛門は黙って皆の真似をするが、海野六郎、六文銭を手に持ったまま俯いている。

深「どうした」海「え、いや、、、こう言うのは初めてで、ビックリしちゃって」望「古臭いってか?違いねぇ、確かにみんなで揃って同じことをするとか宗教臭くて気味が悪いだろ」海「そんなこと思ってないよ」穴「やりたくなければやらなくていい」海「いいや、やるよ!」

望月に茶化され穴山に拗ねられ、海野不安定だった決意をグッと拳で握って固めた。

海「俺は山育ちの田舎者で、知らないことも多いから、こんな重大な任務を任されるなんて、正直今でも場違いだと思ってる。でも沢山の人に出会った中で、みんなと過ごした時間は大好きだから……これからどうしたいかとか、大した野望はないけれど、行けるところまでみんなと同じこの時代を生きるんだ」

そう言って海野、望月から釘を一つ分けてもらい、六文銭が括られた紐を結びつけ、床に思い切り突き刺した。

これにて石田三成暗殺阻止の任務が火蓋を切って落とされた。俗に言う石田三成襲撃事件の幕開けだ。

この石田三成襲撃事件、調べていただければ分かることですが、令和現代では事件は無かったという研究がございます。それはもちろん信頼できる史料に基づいて考察されたものですから、市井に広まった根拠の薄い物語より、真実に近いものかも知れません。だがしかし真田十勇士は、江戸時代から大正時代かけて大衆で生まれし作り話。信頼できる史料の記録より、市井に伝えられし記憶こそが十勇士には正き歴史でございますれば、

これから成る物語、歴史であって歴史にあらず、記憶であって記録にあらず、

惑わされませぬようご注意くださいませ。

さあさあ始まる長い長い夜の攻防戦、勇士一斉に長屋を飛び出し各地持ち場に赴いた。はたしてどのように暗殺を阻止し首謀者を暴くかは、
大変長い物語となりますれば、今回は初回という事で、続きは改めてとさせていただきます。

 

せっかく此処までお付き合いくださいましたので、最後に今回登場した十勇士をご紹介致しましょう。

まずは一人目、傍若無人のお調子者猿飛佐助。趣味は山賊狩りに、特技はすぐに動物と仲良くなれること。勇士の中でもあらゆる人に何度も創作された、十勇士としてより個人の方が、知名度高い天才忍者。猿飛の人物像は数多あり、それら全て別人であっても全てが猿飛佐助幸吉。いろいろな顔を持つ変幻自在のシェイプシフターでございます。

二人目、十勇士人気二番手霧隠才蔵、師は百地三太夫、兄弟子に石川五右衛門の、バリバリの伊賀忍者。故郷を離れフリーランスでいた所、縁あって海野家に雇われた。カッコいい忍者を目指す、己の忍道に真っ直ぐの熱血漢。猿飛と双璧をなす、十勇士の忍術使いでございます。

三人目は由利鎌之助、台詞は女言葉でお話でしたが、身なりも女性寄りで中性的。性別を聞くと命はなし、力で全てをねじ伏せてきた、鈴鹿峠の元山賊。粗暴なれど武術の達人、強さはかの後藤又兵衛にも劣らない、十勇士の一番槍にございます。

次に四人目、筧十蔵。身分は高くあらずとも、立派に武家の出身なり。常に己を律し真面目に生きる硬派な男、謀殺された父の無念を晴らすべく、仇を探して戦場を渡り行く。しかし重度の方向音痴、北に三歩足を進めようなら、南東に六歩進み出る。果たして持ち場に辿り着くのか、迷い多きベテラン傭兵でございます。

五人目は新左こと深谷新左衛門。最年長ゆえ大人ぶってはおりますが、元来酒乱で短期の塊、喧嘩っ早い性格が災いし、人を殺めた経歴あり。以後省みて禁酒をし、正しき道を探してあらゆる説法を聞き歩く。だが残念かな、難し過ぎて理解できない。神仏の教えより目前の人の道をゆく、天然の益荒男にございます。

六人目の望月六郎はとにかく喋る、十勇士の知恵袋。南蛮物への興味が過ぎて、真田小姓の勤めを抜け出し、一時期は火縄銃の鍛冶屋に弟子入りもした。歯に絹着せぬ物言いだが、芯にあるのは自分が信じた神様のみ。核心を的確に捉え貫く真田の弾丸にございます。

七人目は穴山小介。容姿幸村と瓜二つゆえ、影武者として召し抱えられた。信繁が表の幸村ならば、裏の幸村はまさしく小介。体躯恵まれず見た目は子供だが、蓄えた知識と技術でカバーする、勇士衆の最古参。曲者揃いのメンバーをまとめる十勇士のリーダーにございます。

八人目は海野六郎。山中の田舎で育った世間知らずのお人好し。運動神経は鈍いものの、記憶力だけは驚異的。一度見たもの聞いたこと、カメラのように記憶する。そこに絶対的な自信を持っている。自分の歴史は自分の五感で斬り拓く、本作の主人公にございます。

以上が今回登場した勇士たち、、、ん?十人じゃない?それもそのはず、真田十勇士は大坂の陣にて幸村を支えて活躍した十人のこと。石田三成襲撃事件はそれよりも十五年は前でございますから、まだまだ先のお話です。

どうしても気になる方は、ネットで検索してお話を探していただければと思いますが、繰り返し申す通り真田十勇士は創作の話ですから、沢山の種類のお話が見つかりましょう。今回もそれらと同じ結末になるかどうかは、最後までのお楽しみというわけです。