ほとりの星



大悪党の九十九神

道具は百年経つと魂が宿り、付喪神となって人を誑かす。
人は年が明ける前に道具を処分する。付喪神となった道具たちは捨てられた恨みで節分に仕返しにくるが、護法童子に撃退され仏門に帰依するらしい。



「才蔵、この手裏剣錆びてるよ。」
年末が近付いてきた日の朝だった。屋敷の者が忙しく動き回っている中、霧隠才蔵は仕事道具の手入れのために数少ない所持品を広げていた。命を預ける道具達は常に整備を怠らなかったが、海野六郎が指を差した手裏剣は唯一手入れをしていなかった。
通りすがりの望月も不思議そうに覗き込んだ。「研いでやるよ。」という望月の申し出を、才蔵は即座に断った。
「これは使うつもりのない物だ。」
「使わないのに持ち歩いてんのか?」
望月は理解し難いと言った顔をした。確かに、彼の言う通りだ。使わない物を常に持ち歩く意味がわからない。無駄である。
「捨ててくる。」
そう言って才蔵は立ち上がった。望月も六郎も才蔵の決断の早さに驚くことしか出来ず、屋敷を出て行く彼の後ろ姿を見届けるしかなかった。望月の「捨てる事ねぇだろ。」という後ろ髪を引くぼやきが、才蔵の背中を刺してきた。

文禄三年八月、石川五右衛門含む盗賊の頭目数人と妻子が三条河原で処刑となった。
五右衛門は釜茹でにされた後に誰とも解らない首を晒されたが、朽ちる前に何処かへ消えた。

才蔵は三条河原に足を運んだ。冬になっても、そこには誰かの首が晒されている。当時の盗賊達のものではなく、ここ数日の間に処刑された者だ。大きな戦こそ身近にはないが、世間はずっと殺伐としている。

城と同格の茶器があるという。
茶器だけではない。ある商人は異国現地で日常的に使われる安価な壺を持ち帰り、天下人に献上した。そして莫大な富を得た。
価値をつけられた物は100年の年月を必要とせずに人を誑かすことができる。
茶器も壺も、必ずしもそれでなければ道具の役割を果たせないわけではない。
本来の性質以上、または性質以外の価値がついた時点で、人は物に誑かされている。
美術品は言うに及ばない。


「こんにちは。」
都合よく坊主が登場し、才蔵に話しかけてきた。名を三好伊佐という。
晒し首を見る才蔵に、伊佐は説明した。
「あれは石川の残党ではないよ。近隣で殺人があったみたいでね、その下手人ってことになってるらしい。」
伊佐は引っかかる言い方をした。
「あの人、知り合いだったんだ。半年くらい闘病して、つい先日亡くなってね。それで供養に行こうとしたのだけど、俺が辿り着く前に晒されてしまっていた。」
「アイツが下手人でない確証があるのか?」
「そうだね、心当たりはあるよ。」
要は、死んだ者に罪を着せたという事だ。
事の顛末に伊佐は不満そうだが、よくある話でもある。罪を犯した者の目の前に都合よく身元不明の死体があれば、替え玉にする考えくらいは容易に至るであろう。死人を罪人に仕立て上げる情報操作くらい忍びには容易い。
そんなことより才蔵は感心していた。この男を坊主を装った詐欺師だと思っていたが、亡くなった人の供養をするという坊主らしいこともするのだな、師走は坊主を走らせるのだな、と。
「あの日からそろそろ百日かな。」
伊佐が呟いた。才蔵がこの場所にいたのを踏まえての呟きだった。
「九十九日だ。」
才蔵は正確な日数で訂正した。

石川五右衛門は豪胆な奴で野望があった。
人の上に立てる気質があり自然に人が集まった。しかし結論から言えば人の上に立っていい奴じゃなかった。
身寄りや行き場のない者を助けるという夢を語られたから才蔵は道を同じくした。
その石は気質はあったが器量はなかった。
集まる者は荒くれものが大半で、日に日に目に余る窃盗が増えていった。

そして才蔵は荒んでいく義兄を見限る選択をした。

「奴は優しいが非情さに欠けた。世間が言うほど悪党ではないが、捨てることができない大悪党だ。」

物に誑かされては本末転倒である。
付喪神がつく前に、捨てなければならない。

「五右衛門から君を探すよう頼まれた時、預かったものがあるんだ。」
伊佐は懐から小さな桐箱を出した。
「首と一緒に供養しようと思ったけど、」
そう言って箱を才蔵に差し出した。受け取って蓋を開けると、そこには手裏剣がある。
全く錆びていない手入れが行き届いた物が、大事そうに桐の箱に納められている。
自分の手裏剣は、とうの昔に錆びたのに。錆びてもなお捨てられずにいたのに、桐箱に入れられていては、捨てるに捨てられなかっただろう。だからアイツは、大悪党なのだ。


夜中に屋敷に戻ると明かりはなく、不寝番の筧十蔵は起きていたが、ほとんどの者が寝静まっていた。
しかし六郎は起きていたようで、才蔵の帰りに気がつき襖障子から顔を出して出迎えた。
「おかえり。ご飯食べた?」
「適当に済ませた。少し休む。」
屋敷と三条河原を往復しただけだったが、心なしか疲れていた。仮眠を取るために暗い部屋へ足を踏み入れようとすると、六郎が慌てて呼び止めてきた。少し恥ずかしながらも満面の笑みで、手のひらほどの大きさの物を両手に乗せている。
「代わりにはならないかもだけど。良かったら、貰ってください。」
わずかに差し込む月明かりで確認した。紙で作られた手裏剣だった。触ってみると少し厚みがあり、中に何か折り込まれている。
「…折ったのか?」
「うん。」
手触りからして、紙は上質なものを使用している。日常的に使用しているものではないから、当然、常備しているものではない。折り込まれた物は固く、少しだけ香りがついている。香木と推測できた。これもまた、生活に当たり前にあるものではない。
才蔵が戻る夜中まで起きており、休息を呼び止めてでも渡したかった物。それを踏まえると、これは今朝のやりとりを踏まえて、わざわざ今日の内に用意したものだ。

この手裏剣は、すでに付喪神が憑いている。

「…ありがとな、大切にする。」
才蔵は桐箱に紙の手裏剣を納めた。ちょうど、空になった所だった。
「箱に入れてくれるなんて、ちょっと照れるかも。」
六郎は嬉しそうに笑った。

またしばらくは、手裏剣が捨てられそうにない。
だから自分は、大悪党なのだ。

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